主な病気と治療方法

前立腺がん

前立腺がんとは

【図1】

前立腺は膀胱と尿道のあいだにある男性特有の臓器で、精液の成分を作っている生殖器の一部です(図1)。「がん」とは臓器を構成する細胞が機能を失って無秩序に増殖し、周囲の組織を破壊したり、他の臓器に移動したりする性質を獲得した状態のことで、身体のあらゆる箇所に発生する可能性があります。前立腺に発生したがんを前立腺がんと呼び、そのほとんどは腺房腺がん(せんぼうせんがん)と呼ばれるタイプのがんです。

概要

本邦における前立腺がんの罹患率は高齢化や検診の普及などにより年々増加しており、現在男性の全がんの中で第1位となっています(図2)。一方、がんの部位別死亡数では第7位となっており、転移を有さない「限局がん」であれば5年生存率は100%近いとされています(図3)。これらのことから前立腺がんは比較的おとなしいタイプのがんと言えます。しかし、前立腺がんの中でも予後不良※に分類されるものは一般に高リスクと呼ばれ、積極的な治療を要します(図4)。
※予後とは病気の経過に対する見通しのことで、予後不良とは病気が悪化したり再発したりする可能性が高いことを指します。

【図2】
【図3】
【図4】

限局がん、転移がんともに様々な分類が存在します。前立腺がんの組織学的な悪性度を表すGleasonスコア(グリソンスコア)が高いほど、あるいは腫瘍の量が多いほど、予後不良であるという点はいずれの分類でも共通しています(表1)。当科では、限局がんの分類には「NCCNリスク分類」を用いて治療方針の参考にしています(表2)。転移がんの分類には「CHAARTED腫瘍量分類」、「LATITUDEリスク分類」に加え、当科の赤松教授らが提唱した「京都大学リスク分類」を組み合わせて治療方針の参考にしています(表3)。

【表1】
【表2】
【表3】

診断

PSA検診など、様々な理由で前立腺がんが疑われることがあります。MRI検査やPSA再検査などを追加して経過観察を行うこともありますが、がんである(がんでない)ことを確定するには前立腺生検が必要です。生検とは実際に前立腺から組織を採取して、顕微鏡でがん細胞を確認する検査です。
通常の前立腺生検は、肛門から超音波の機械を挿入し、直腸を経由して前立腺に針を刺し組織を採取する、「経直腸系統的生検」という方法で行われます。この方法は超音波でがんが確認できるケースを除いて、おおよその場所をまんべんなく採取するかたちで行われます。簡便な方法である一方、がんが小さいケースや、がんが直腸から遠いケースなどでは正しい診断が困難なことがあります。このような場合、時間をおいて再生検をお勧めすることがあります。
当科では、2020年から先進医療として「MRI-超音波融合画像ガイド下前立腺生検」という生検手法を導入しました。この方法は、MRIでがんが疑われている部位をコンピュータ処理によって生検時にリアルタイムで描出し、正確に狙い撃ちにするものです(図5)。麻酔が必要で通常の生検よりやや時間がかかる、費用がやや高額、等のデメリットはありますが、より精密な前立腺がんの診断方法として期待されています。現在では「MRI-超音波融合画像ガイド下前立腺生検」は保険診療が適応となっており、自己負担割合にもよりますが通常の前立腺生検に比しおおよそ2-3万円程度の上乗せで施行可能です(2023年12月現在)。

【図5】

限局がん(早期がん)の治療

生検によって前立腺がんと診断され、かつ転移のない限局がんの場合、限局がんのリスク分類に則って治療方針を検討します。限局がんの場合は基本的にがんの根絶を目指した「根治治療」が適応になります。
根治治療には、おおまかに「手術治療」と「放射線治療」があります。手術治療、放射線治療ともに「低リスク~超高リスク限局がん」に幅広い適応があり、がんを根絶する能力については同等とされます。手術治療と放射線治療にはそれぞれ特有のメリット・デメリットがあり、前立腺がん根治治療としての優劣については明確になっていないのが現状です(表4)。
「低リスク限局がん」に分類された患者さんに対しては、近年Active surveillance (アクティブサーベイランス) という治療法が注目されています。アクティブサーベイランスとは即時の根治治療をせずにまずは経過観察を行い、がんが進行した時点で必要に応じて手術などを行う治療法のことです。がんを放置するようで不安を感じる患者さんもいらっしゃいますが、しっかりとした基準の検査を定期的に行うことで、通常の即時根治治療と何ら遜色ない安全性が示されています。アクティブサーベイランスの目標は、根治治療を行わないまま患者さんが健康寿命を全うされることです。
患者さんの状態によっては「そもそも根治治療を行うかどうか」を検討します。冒頭に記載した通り前立腺がんは一般的には「おとなしいがん」です。このため根治治療の恩恵を患者さんが受けるのはおおよそ10年後とされています。つまり、患者さんのもともとの健康状態が思わしくなかったり、非常に高齢であったりした場合は、手術などの身体に負担がかかる根治治療を受けても利益を得ることなく天寿を全うされる可能性が高いと言えます。このようなケースでは何らかの症状が出た時点で後述のホルモン療法等を検討することになります。

手術・治療

当科では他施設に先駆けて、2010年3月からda Vinci(ダヴィンチ)手術システムによるロボット支援下前立腺全摘除術を開始しました。現在では複数のロボット支援手術プロクター(指導者)認定医師が常駐し、年間50例以上のロボット支援下前立腺全摘除術をこなしています。ロボット支援手術は腹腔鏡手術の一種であり、通常の手術に比し、より精細な視野と緻密な動作が得られます。これにより安全で侵襲の少ない手術が可能となり、例えば前立腺全摘除術では、出血量が少ないことに加え、術後の尿失禁の発生率が低く、また勃起機能の温存もしやすくなります。当科ではロボット支援手術が適応外となる患者さん(大きな腹部手術歴、重症緑内障など)を除き、前立腺がんの手術は全例ロボット支援下に施行しています。

【図6】

ロボット支援下手術によって前立腺全摘除術後の尿失禁は改善していますが、一定の割合で残ってしまう患者さんがいます。特に、手術症例の1-2%で重度尿失禁(1日尿失禁量が200g以上)を来すことがあります。術後の重度尿失禁は薬物治療等では改善が期待できず、「人工尿道括約筋」の植え込みが最も確実な治療法とされています(図6)。当科では2010年より人工尿道括約筋植え込み術を積極的に施行しており、他施設からも多くの患者さんを紹介いただいています。尿失禁でお困りの患者さんは一度ご相談ください。

転移がん(進行がん)の治療

前立腺から離れたリンパ節や骨、肺・肝臓等にがんが波及した状態を転移がんと言い、原則的に根治が不可能とみなされます。転移がんが治ることはなく、なるべく長くがんと付き合っていくことが治療の目標となり、治療の土台は前述のホルモン療法による全身薬物治療です。
転移がんと診断された患者さんのうち低リスク(低腫瘍量)のかたに対して、近年ではホルモン療法に加え、転移巣や原発巣(前立腺)を狙った放射線治療等を併用することで生命予後の延長が期待されています。いっぽう高リスク(高腫瘍量)の患者さんついて、転移巣や原発巣を狙った治療の意義は明らかとなっていません。このため高リスクのかたに対してはホルモン療法に加え、抗がん剤等のより強力な全身薬物治療を併用することで生命予後の延長を目指します。
当科ではリスク分類を参考に個々の患者さんに応じた併用療法を提供しています(図7)。

【図7】

前立腺がんにおけるがんゲノム医療

がんゲノム医療とは主にがんの組織を用いて遺伝子を網羅的に調べ、患者さんの体質やがんの性質に合わせて治療などを行う医療のことで、近年注目を集めています。一般的には「がん遺伝子パネル検査」と呼ばれる、がんに関連する多数の遺伝子を1回で同時に調べる検査に基づく治療を指します。他にがんに関わる遺伝子を調べる方法として、治療薬が確立している単一の遺伝子を検索する「コンパニオン診断」という検査もあります。前立腺がんにおいては、治療抵抗性となった転移がんに対し「コンパニオン診断」が、治療抵抗性となり標準治療が終了した転移がんに対し「がん遺伝子パネル検査」が、いずれも保険適応となっています。当院は全国で13ヶ所しかない「がんゲノム医療中核拠点病院」であり(2023年12月現在)、いずれの検査についても数多くの実績があります。
いっぽう、がんゲノム医療は費用が高額で検査手順も煩雑であり、また有望な治療薬に辿り着きその恩恵を受けられる患者さんは10%以下です。遺伝子検査によってご家族の発がんリスクが明らかになり得るなど、場合によっては社会的なリスクが生じる可能性もあります。当院では患者さんのがんの状態や全身状態、希望などを総合的に評価して検査の適応を判断しています。

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