名古屋大学医学部附属病院 泌尿器科では、2024年より「膀胱温存療法」を開始しました。
このページでは、膀胱がんに対する膀胱温存療法について解説しています。
膀胱全摘術が必要な膀胱がんとは
膀胱がんは粘膜から発生する悪性腫瘍(がん)ですが、進行のリスクや治療方針が変わるため、がんの浸潤が粘膜に留まっている非浸潤性膀胱がんと、粘膜を超えて深く入っていく浸潤性膀胱がんに分類されます。浸潤性膀胱がんは進行すると、膀胱の外や近くの臓器(前立腺や子宮、膣)、骨盤リンパ節、さらには肺や肝臓などの他臓器へと転移をします。浸潤性膀胱がんをそのまま放置しておくと2,3年で急速に進行し、生命に関わる事態になります。また、転移をしてしまった膀胱がんは非常に治りにくく、様々な治療を行ったとしても予後が悪いため、転移のない浸潤性膀胱がんの時点であってもしっかり治療をしないと完治できません。
膀胱がんの進行度
浸潤性膀胱がんは経尿道的膀胱腫瘍切除術(TURBT)や、BCGなどの膀胱内注入療法だけでは、完全に治すことができません。膀胱や周囲のリンパ節を切除する根治的膀胱全摘術は、最も治療効果が高いため標準治療とされています。しかし、手術時間も長く侵襲が高いことや、膀胱を切除してしまうため腎臓からの尿を体外へ出す構造を作る(尿路変向術)必要があります。
尿路変向術に伴う身体の変化について
膀胱は尿を溜めておいたり、尿を排出したりする機能がありますが、膀胱を全摘してしまうと、腎臓から作られた尿を体の外に出すことができなくなります。そのため、処置(尿路変向術)が必要になります。尿路変向術には、回腸導管、新膀胱、尿管皮膚瘻などがあります。
回腸導管とは、回腸を15〜20cm切り取って尿を外に出す専用通路(導管)として確保します。導管の片端を左右の尿管につなぎ、もう片端は腹部にストーマ(尿の排泄の出口)を作ります。ストーマから出る尿は腹部に貼る集尿袋にためることになります。腹部にストーマができることで、見た目や生活の変化が大きいため、身体的にも精神的にも影響が強い治療になります。
新膀胱は、回腸を40〜60cmほど切り取って開いて、尿をためる袋として作成し、尿管と尿道と縫合します。形は膀胱のようになりますが、尿意も感じることはできませんし、腸なので尿が再吸収されたり、消化液が出てきて粘液が溜まったり、本来の体の状態とは異なります。腎臓にも余計な負担がかかるため、機能が悪い方はこの術式は安全とは言えません。また、ストーマではないので外からの見た目は変わりませんが、排尿に関するわずらわしさ、管理の複雑さ、など、生涯にわたって様々な困難と付き合っていくことが必要になります。
膀胱温存療法について
膀胱全摘術は身体的および精神的に負担が大きいため、安全に手術をすることが難しい方、断固拒否される方があります。膀胱温存療法は、病状がある一定の基準を満たす場合には膀胱全摘術を同じくらい治療効果があるとされており、完治を目指せる治療法の一つとして国内外のガイドラインでも推奨されています。
膀胱温存療法は、古くは1980年代から開発がなされてきました。各国での様々な経験や臨床試験の結果から、現在では内視鏡手術(TURBT)による可能な限りの腫瘍切除、化学療法(抗がん剤)、放射線治療、の3種類の治療を組み合わせた「集学的治療」として確立されています。膀胱温存療法で最も重要なことは、「膀胱の機能を残して、膀胱がんを根治する」ことです。そのため、膀胱全体ががんで覆いつくされている、温存治療では治りにくいタイプのがんである、膀胱自体の機能が悪くなっている、など、膀胱の機能を残せない場合や膀胱がんを治せる可能性が低い場合には、膀胱全摘術のほうが望ましい場合もあります。
当院での膀胱温存療法について
国内でも様々な方法で膀胱温存療法を実施している施設がありますが、当院では最も一般的でシンプルな方法で行っています。
TURBTでの可能な限り腫瘍を切除します。次に、抗がん剤治療と放射線治療を同時に行います。抗がん剤治療は週1回(4週間)、放射線治療は平日毎日で計20回(週5回×4週間)になります。治療の範囲は、膀胱がんの再発や転移が出てきやすい部位(膀胱全体、骨盤リンパ節)で、膀胱全摘術で切除する範囲よりも少し広い領域になります。抗がん剤治療と放射線治療は約1カ月ですが、その前のTURBTから合わせると、約2~3カ月の治療期間となります。
膀胱温存療法のスケジュール
放射線治療
放射線治療計画
抗がん剤治療の主な副作用として吐き気、嘔吐、脱毛、白血球減少(細菌に対する防御が弱くなる)、血小板減少(出血しやすくなる)、腎機能の低下、末梢神経障害(手足のしびれなど)などがあります。一般的な抗がん剤の副作用と同じではありますが、使う量が半分程度であることから、ほとんどの場合は軽いものです。
放射線治療期間中は、頻尿や排便回数の増加、下痢などの症状が出ます。治療中の副作用は、治療終了後にはほとんど元通りにまで改善します。治療中の副作用が強い場合には、安全のため体の具合が良くなるまで次の治療を待つことがあり、時には中止することもあります。長期的な副作用として、膀胱や直腸などからの出血、頻尿などの膀胱機能低下や萎縮膀胱、などがあります。
治療効果があり膀胱を温存することができた場合でも、がんの再発の可能性があるので定期的な膀胱鏡検査やCTなどの画像検査を続ける必要があります。少なくても3年間は3カ月ごとの膀胱鏡と6カ月ごとのCT検査が必要です。3年以降、間隔は長くなりますが、残した膀胱に再発することがあるので生涯にわたって通院してください。もし、膀胱温存治療で完治ができない場合は、その治療後に結果的に膀胱全摘術が必要になることがあります。
最後に
当院では、膀胱がん治療についてのセカンドオピニオン、膀胱温存療法希望での紹介、どちらも積極的にお引き受けしております。しかし、病状によって、膀胱全摘術のほうがやはり望ましい場合、ほかの治療が望ましい場合、など、膀胱温存療法をお勧めできない状況がありますので、まずはかかりつけの主治医にご相談ください。